神戸地方裁判所 昭和24年(ワ)610号 判決
原告 梶音吉
被告 第百生命保険相互会社
一、主 文
被告は原告に対し、金七万七千円と、之に対する昭和二十四年十月二十七日以降右金員支拂済迄年五分の割合の金員を支拂え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告が金二万五千円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人の述べた請求の趣旨と原因と並に被告の答弁に対する反駁は次の通りである。
一、請求の趣旨
主文第一、二項と同趣旨の判決と、仮執行の宣言と、を求める。
二、請求の原因
原告は昭和二十四年二月生命保險業を営む被告の使用人訴外山本武男より被告会社と保險金額百万円の生命保險契約を締結すると、一ケ年半すれば右保險金額に相当する金員の貸付を受ける特権が得られると、被告会社との生命保險契約締結の勧誘を受け、原告は右訴外人の言を信じ、被告より金融を受けられることを主たる目的として、昭和二十四年二月九日被告に対して原告を被保險者とする保險金額金百万円の生命保險契約の申込をすると同時に即日保險料金三万円を右訴外人に交付した。次いでその後再び右訴外人より尚一口保險金額金百万円の生命保險契約を締結すれば、一ケ年半を待たずに昭和二十四年七月中に被告より金百万円の金融を受けることができると言う勧誘を受けたので、原告はその言を信用し同年二月十二日更に被告に対して原告の妻訴外梶たねゑを被保險者とする保險金額金百万円の生命保險契約の申込をすると共に、即日右訴外人に保險料として金三万七千円を交付した。かくて右二口の申込に対して被告の承諾があり原告と被告との間に申込通りの二口の生命保險契約が成立し、原告は被告よりその保險証書を受取つた。
そこで原告は営業資金が必要となつたので、昭和二十四年七月中に被告の神戸支社を通じ、被告に対して金百万円借用方を申入れたところ、被告の使用人訴外河野道男が前記訴外山本武男と共に同月七日担保物件調査と称して原告方に來り、被告より金融を得るには借入申込金一万円が必要であると言うので、原告は即日同訴外人に右金一万円を交付した。
然るにその後一向被告より右金融の実行がないので、原告は被告の神戸支社と交渉を重ねたが、被告には右訴外人等の言つた金融制度もまた借入申込金を徴することもないことが判明した。
ところで原告が被告に前記の保險契約の申込をし、借入申込金を支拂つたのは被告から金融を受けることを目的としたのであつて、訴外山本武男の前記のような條件の勧誘がなかつたら、原告は被告に対してかゝる申込をしないし、また借入申込金をも支拂わないのであり、原告は右訴外人の詐欺にかゝつたわけである。
而して右訴外山本武男も同河野道男も共に被告の使用人で、右山本武男は被告の保險募集の事務に從事していたもので、保險募集については被告を代理する権限を有することは疑のないところであるから、原告は被告の代理人たる右山本武男の詐欺によつて前記二口の保險契約の申込をしたわけである。それ故原告は右被告の詐欺を理由に本訴で前記二口の保險契約申込の意思表示を取消す。そうするとすでに成立した前記二口の保險契約は当初より無効となるから原告の拂込んだ保險料合計金六万七千円は被告の不当利得となると共に、また右訴外山本武男の行爲は詐欺として原告に対する不法行爲で、これに因り原告は右拂込んだ保險料額と同額の損害を蒙つたのであるから、被告は右訴外人の使用者として民法第七百十五條、昭和二十三年法律第百七十一号第十一條第一項第十六條第一号によつて原告に対して右損害を賠償すべきである。更に借入申込金一万円についても被告の使用人たる訴外山本武男、同河野道男等の不法行爲である詐欺行爲によつて原告が支出したのであるから、之に因り原告は同額の損害を蒙つたのであつて、被告は前同様原告に対してその損害を賠償すべきである。そこで原告は被告に対して以上合計金七万七千円と、之に対する本件訴状が被告に送達された翌日以降右支拂済迄年五分の割合の遅延損害金との支拂を求める。
三、被告の答弁に対する反駁
(1) 訴外山本武男は被告の使用人で保險募集係員であるから被告の機関として被告の代理権があり、被告主張のように保險契約締結の第三者ではないから民法第九十六條第一項によつて同訴外人等の詐欺を理由に原告の契約申込は取消しうるものである。
(2) 訴外山本武男等は昭和二十三年法律第百七十一号に規定する保險募集人ではなく被告の使用人である。右法律に規定する保險募集人とは同法第二條第一項に明規されている通り「生命保險会社の委託を受けて、その保險会社のために生命保險契約の締結の媒介をなすもので、その保險会社の役員又は使用人でないもの」をいうのであつて、特定の保險会社の使用人でなく特定の保險会社の委託を受けて保險募集に從事するものを指すのであるから、かゝる保險募集人の保險契約者に加えた損害については民法の規定のみでは、これを委託した保險会社がその責を負うことが必ずしも明確でないから、特に右法律第十一條の規定が設けられたものである。從つて專ら被告の保險募集事務に從事しているとは言え右訴外人等は被告の使用人であるから、右法律第十一條の適用がなく民法第七百十五條の適用があるのである。被告の前記法律第百七十一号は民法の第七百十五條の規定の適用を排除する特別法であるとの主張は当らない。
(3) 次に被告は訴外山本武男等が原告より借入申込金名義で金一万円を詐欺した行爲は、被告の事業と関係なく民法第七百十五條の場合に当らないと言うが、民法第七百十五條に規定する「事業の執行に付き云々」と言うのは、「事業を執行するための行動の範囲内で起り得る行爲」による被害と言う趣旨に解すべきこと、しかも被用者がその地位を濫用し不当に事業を執行した場合の行爲による被害をも含むことはすでに判例によつて確立された解釈であつて、原告は右訴外人のたくみな詐言による勧誘によつて被告より金融を得られることをのみ目的として保險契約の申込をし、保險料を支拂い、且借入申込金を支拂つたのであるから、これらは右訴外人の詐言による勧誘に基く一連の支出であり、從つて右借入申込金の支拂が保險契約成立の前であろうと、後であろうとは問題でなく被告の事業執行のための保險契約募集行動の範囲内で起つた右訴外人の欺罔行爲によつて原告は右一万円を詐取されたものと言うべく、從つて被告は民法第七百十五條による責を負うべきである。故にこの点の被告の主張は当らない。
被告訴訟代理人の述べた答弁は次の通りである。
一、請求の趣旨に対し、
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
二、請求の原因に対し、
原被告間に原告主張の生命保險契約を締結し、被告が原告主張の保險料を受領し原告が保險証券を受領したこと、訴外山本武男、同河野道男が共に被告の使用人で、右山本武男は被告の保險募集に從事していたこと、原被告間の右保險契約が訴外山本武男の募集にかゝること、並に原告より被告に対してその主張の金融の申込のあつたことは認めるが、訴外山本武男同河野道男が原告主張のように原告を欺罔したこと、並に原告が被告と前記保險契約を締結した目的が原告主張通りであるかは知らない。その他の原告主張の請求原因事実は否認する。
原被告間の前記生命保險契約は有効に成立し、何等取消さるべき原因がない。成程右契約は前記のように被告の保險募集人たる訴外山本武男が募集したものではあるが、同訴外人は單なる保險勧誘員に過ぎないから、その保險契約締結については被告会社としての意思表示をなしうる者ではなく、前記原被告間の本件保險契約に関しては法律上第三者の立場に在る。從つて仮りに右訴外人が原告主張のような欺罔手段で勧誘したとしてもそれは契約当事者でない第三者のしたことであつて被告の知らないところであり、被告は唯原告が被告の保險約款を了承して之に基き保險契約の申込をしたものと信じ之に應じて契約を締結したものであるから、民法第九十六條第二項によつて原告は自己の右保險契約申込を取消しえないもので、原告の本訴でなした右取消は無効であるから、本件原被告間の保險契約は有効に存在するものであるから、被告はその受取つた保險料を返還する義務はない。
次に仮りに原告が訴外山本武男、同河野道男に借入申込金一万円を詐取されたとしても、被告には之を賠償する義務はない。右訴外河野道男は前記の訴外山本武男と同じく被告の保險募集人でその権限は保險契約申込の勧誘のみに限られており、且本件保險契約の第一回の分の原告の契約申込を被告が受けたのは昭和二十四年二月九日で、第二回目の分のは同月十二日であり、之に應じて被告がその申込を承諾し契約が成立したのは夫々同月十一日及び同年三月十九日である。從つて原告が右訴外人等に詐取されたのは右契約の締結された後である同年七月六日であるから、前記の右訴外人等の職務権限や時間的関係よりして右訴外人等の行爲は被告の事業と全々関係なく昭和二十三年法律第百七十一号第十一條の適用のないことは明かであると共に、右法律は民法に対する特別法の関係にあり、保險募集に関しては民法の規定の適用がないから、仮りに右訴外人等の行爲が被告の事業に関するとしても原告の主張するように民法第七百十五條の適用のないことは明かである。從つて被告は右訴外人等の行爲につき何等責を負うべき筋合でない。
更に仮りに右訴外人等の行爲が被告の事業の執行または保險募集につき爲され民法第七百十五條の適用があるとしても、被告は同訴外人等の選任又は委託及びその監督につき相当の注意をしていたから被告は右訴外人等の右行爲についてはその責はない。
以上の理由によつて原告の本訴請求はいずれも理由がなく棄却さるべきである。
<立証省略>
三、理 由
原告が被告の使用人たる訴外山本武男の勧誘によつて原告主張日時原告を保險契約者被告を保險者とする原告主張の二口の保險契約の申込をし被告が之を承諾して原被告間にその旨の保險契約を締結し、原告が被告に対してその主張日時その保險料として二口で合計金六万七千円を支拂つたこと、而して右訴外山本武男は被告の保險募集に從事していたものであることはいずれも当事者間に爭がなく、しかも右保險契約成立の日は原告を被保險者とする一口は昭和二十四年二月十一日で原告の妻を被保險者とする一口は同年二月二十一日であることは成立に爭のない甲第二号証の一、及び二により明かである。
しかして証人山本武男の証言によると、右訴外山本武男が原告に対して前認定の保險契約申込の勧誘をする際原告主張のように、原告が被告と保險金額金百万円の保險契約をすれば一ケ年半後に被告より右保險金額と同額の金融を得られるとか、更に尚百万円の保險契約を結べば一ケ年半も待たずとも昭和二十四年七月中に被告より金百万円の融資を受けられるとか、当時被告としては、そのような融資方法を行つていないのに拘らず、恰も被告に於てかゝる融資制度があるかの如く詐りを言つて、原告をそのように信用させ当時金融を受ける方法を渇望していた原告をして被告より保險金額と同額の融資を得られることを主たる目的として前認定の保險契約の申込をするに到らしめたことが認められる。そうすると結局原告は右訴外人の詐言を信じて保險契約の申込をしたのであるから、右原告の保險契約申込は右訴外人の詐欺に基く意思表示と言わねばならない。ところで被告は右訴外山本武男は右原告の保險契約申込の勧誘をしたに過ぎないもので保險契約自体は原告の申込と、之に対する被告の承諾とによつて成立したのであるから、右訴外山本武男は右保險契約の成立については第三者であり、從つて右は第三者が詐欺を行つたのである、と主張するから、この点を考えてみるのに、右訴外山本武男は被告の保險募集に從事する被告の使用人であることはさきに認定した通りであるから、原告の主張するように同訴外人が被告の意思表示の代理人とは言えないけれども、被告の保險募集事務に從事する機関であることは明かであつて、同訴外人の行爲は即ち被告の行爲である。從つて同訴外人が保險募集についてなした詐欺行爲は被告のなした詐欺行爲に外ならないと言うべく、前認定の被告に対する原告の保險契約申込は被告の詐欺に基くものと言わねばならない。そうすると原告の右保險契約申込は取消しうべき意思表示であつて原告の本訴に於てなすその取消の意思表示は有効であり、勢い原被告間の前認定の保險契約は当初にさかのぼつて無効となるから、被告はその保險料として受領した合計金六万七千円は不当利得として原告に返還せねばならない。
次に証人山本武男、同河野道男の各証言によると、訴外河野道男は被告の神港特設支社長で被告の保險募集並に社員の監督に從事し訴外山本武男はその直接の監督の下に前認定の保險募集に從事していたものであつて、右訴外山本武男が原告に前認定のような詐言を以つて保險契約の募集をしたことは訴外河野も之を知つており、昭和二十四年七月になつて右訴外山本が原告と約束した被告からの融資時期も近ずいたので、右訴外人両名が共謀して同月六日頃右訴外人両名で原告方に行き、原告に対して被告より約束の金額の借入ができるように装つてその調査費用として金一万円が必要であると原告を欺し、原告より金一万円の小切手を受取り訴外河野道男名義の領收書を原告に渡したことが明かであつて、その際右訴外人等は被告からは原告が融資を受けうる制度がなく、それが不可能であるので訴外河野道男の知り合いから、原告のため融資のあつせんをしようと考えていたことも明かであるが、原告に対してはあくまで被告より融資が得られ、その調査費用に入用であると称して右金一万円を原告から詐取し、訴外河野道男が自己の用途に消費してしまつたことが明かである。そうすると原告は右訴外人等の詐欺によつて金一万円を同訴外人等に詐取されたものであつて、原告は右訴外人等の不法行爲によつて右金一万円の損害を蒙つたことは敢て説明するまでもない。尚更に前認定の訴外山本武男が原告に詐言を弄して本件保險契約の申込をさせ、その保險料合計金六万七千円を被告に支拂わせたことも、同時に右訴外人の原告に対する詐欺による不法行爲となることも明かである。
原告は訴外人等の右不法行爲に因つて原告の蒙る損害は被告に於て、右訴外人等の使用者として原告に賠償すべきであると主張し、被告は右訴外人等の金一万円騙取行爲は被告の事業執行の範囲外であると言うから、この点を檢討するのに、右訴外山本武男、同河野道男がいずれも被告の使用人で山本武男は保險募集に河野道男は保險募集並に部下社員の監督に從事していたことはすでに認定した通りであつて、証人細川理一、同岩本巖並に同大橋進の各証言によると、保險募集人は保險の勧誘と、第一回保險料の受領との権限を有するのみであることは明かであるから、右訴外山本武男が原告に保險契約申込を勧誘するに当り詐言を用いて原告に損害を蒙らしめた行爲は、被告の業務執行々爲そのものである。また訴外山本武男、同河野道男等の右金一万円騙取行爲は、成程原被告間の保險契約が結ばれて数ケ月後に行われた行爲であり、且同訴外人等は被告の融資に関する業務を行う権限を有しないことは前認定の通りではあるが、融資を好餌とする僞りの話法による勧誘によつて、それを信じて保險契約の申込をし被告と右契約を結んだ保險契約者に対し、更に被告が融資する如く装つて調査費用が必要であると詐り、その名目で金員を騙取することは、右訴外人等がその権限を超え職権を濫用した行爲であるとは言え被告の保險業務の遂行中に起りうべき行爲と言わねばならないから、かゝる行爲によつて原告に與えた損害は廣く被告の使用人が被告の事業の執行につき原告に加えた損害と解するのが相当である。尚被告は昭和二十三年法律第百七十一号は民法の特別法であるから保險募集に関しては民法第七百十五條の適用がないと主張するが、右法律第百七十一号は保險募集に際して從來やゝもすればその衝に当る保險代理店や募集人、又は保險会社の役員や使用人等に不正を行う者があつて、保險契約者に不測の損害を蒙らしめることがあつたのでこれら保險募集に関する不正行爲を取締り保險契約者の利益を保護するために制定された法律であつて、同法第十一條に「委託保險会社は、生命保險募集人又は損害保險代理店が募集につき保險契約者に加えた損害を賠償する責に任ずる」と規定しているのは、從來雇傭契約によらない請負乃至委任契約等による損害保險の代理店や生命保險募集の受託者等が保險募集に関して不正を行い、保險契約者に損害を與えても民法第七百十五條によつては、保險会社にその損害賠償の責を負わすことのできない場合があつたので、保險事業を営む保險会社にその損害の賠償を行わしめ、以つて民法第七百十五條と相俟つて保險契約者の利益を保護し、引いて保險事業の健全な発達を期しようとする趣旨と解すべきであつて、前記法律第十一條は決して民法第七百十五條の適用を排斥するものではなく、その特別法の関係に在るのではない、両者はその適用の対象を異にするものと解するのが相当である。それ故右訴外人等の行爲は被告の主張するように前記法律第百七十一号第十一條に該当しないが民法第七百十五條の適用のあることは明かである。
次に被告は訴外山本武男、同河野道男の選任監督につき相当の注意をしていたと主張し、成立に爭のない乙第三号証、同第四号証に証人細川理一、同岩本巖の各証言によると、被告は訴外山本武男、同河野道男を被告の使用人として採用する際、同訴外人に履歴書を提出させ被告の係員が面接しただけで採用し、且平素右訴外人等には一般的に保險募集の方針やその方法を指示し、募集に際しては不正行爲のないようにとの注意を與えていたに過ぎないことが認められる。しかしかゝる履歴書の提出を求めたのみで身元の調査も履歴書記載内容の眞否も調査もせず採用して募集人に選任し、平素一般的な指示注意を與えていただけでは被告が民法第七百十五條の免責事由として規定する右訴外人等の選任監督につき相当な注意をしたとは言えないから、被告は同訴外人等の原告に加えた損害を賠償する責を免れることはできない。
そうすると、被告は原告より保險料として受取つた合計金六万七千円は不当利得として原告に返還しなければならないと同時に、訴外山本武男の不法行爲による右金額の損害をその使用者として原告に賠償しなければならないし、訴外山本武男、同河野道男等が原告より借入調査費用名義で騙取した金一万円の損害をその使用者として賠償しなければならない。且本件訴状が被告に送達されたのが昭和二十四年十月二十六日であることは明かであるから被告は右合計金七万七千円に対するその翌日たる昭和二十四年十月二十七日以降、右金員支拂済迄年五分の割合の遅延損害金を支拂わねばならないことも明かである。
仍つて之を求める原告の本訴請求は全部理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言につき同法第百九十六條を夫々適用して主文の通り判決する。
(裁判官 喜多勝)